|
| モザンビーク内戦 |
 |
モザンビーク内戦
モザンビークは17世紀、東インド航路の中継地として栄えてきた。ポルトガルは15世紀以降アフリカのアンゴラ、モザンビークなどの支配に乗り出すが植民地の運用は西側諸国の中でも劣悪であった。1960年代アフリカ諸国の独立が相次いだ「アフリカの年」と呼ばれた時期にもポルトガルの植民地は独立が遅れる。そんな中モザンビークではアフリカ南部一帯の白人支配を維持したい白人が黒人政権を嫌って始まったジンバブエなどに次ぐ代表的な内戦といえる。1975年6月にポルトガルから独立を果たすと独立闘争を戦い抜いたモザンビーク解放戦線(FRELIMO)のマシェル大統領は社会主義路線を宣言し政権を樹立。これに対して白人勢力はモザンビーク民族抵抗運動(RENAMO)が結成される。RENAMOは周辺の白人政権の国家から支援を受け1980年には政権転覆を狙って活動を本格化。国土は荒廃し多くの犠牲者が出た。1992年には包括的和平協定に調印されるが100万人の犠牲と170万人の難民が流出し経済は壊滅した。モザンビークは世界最貧国と呼ばれる様になる。1992年12月には国連モザンビーク活動が実施され日本からは自衛隊が派遣。1994年には大統領・議会選が行われFRELIMOはかろうじて第一党を維持した。現在ではIMFなどが経済支援を行っているが内戦中に敷設された200万個にも及ぶ地雷が経済復興の大きな障害になっている。 |
ローデシア内戦
北ローデシア(現ザンビア)、南ローデシア(現ジンバブエ)で起こった独立戦争。白人支配政権に対して黒人の国家独立を目指した戦争で訓練された傭兵を使った内戦が行われた。ゲリラ部隊は鉄道、公安施設の破壊を行い多くの犠牲者を出したが1980年には黒人政権が誕生しジンバブエとして独立。 |
|
|