ナイジェリア民主化問題
アフリカ最大の人口を抱える国家ナイジェリアは200以上の民族が混在するアフリカ最大の多民族国家
で北部はイスラム教、南部はキリスト教を信仰する。石油輸出国機構(OPEC)加盟国で豊富な油田を持つ。公用語は英語で1960年にイギリスから独立。ナイジェリアは独立以来クーデターが多発し1966年にはゴウォン軍事政権が樹立したが1975年、1976年にもクーデターで政権が転覆する。
民族問題では北部民族と南部民族の宗教対立が根深くイギリス時代から続く北部重視政策により軍人の大半が北部出身でクーデターの際には南部出身の軍人などが粛正された。
1977年に憲法が改正され1979年には占拠で選ばれたシャガリ大統領が就任し民主化を実現。ところが1983年に再び:クーデターが発生しババンギダ政権が誕生。1993年には大統領選挙が行われたもののその際に落選したババギンダ元大統領は選挙に不正があったとして選挙の無効を宣言。ババギンダ大統領への反発から国防相のアバチャが11月に無血クーデターを成功させ暫定統治議会(PRC)を発足させる。アバチャ政権は民主化の象徴であったアビオラ氏を逮捕するなど軍事色を濃くし反政府勢力を激しく弾圧していった。事態が変わるのは1998年。アバチャPRC議長が死亡し後継者のアブバカル議長が民主化の要求の高まりに対して民主化移行プログラムを発表。選挙の結果オバサンジョ大統領が誕生した。オバサンジョは軍部出身とはいえ民間移行を実施しており民主化の期待は高まった。
ナイジェリアの民主化はアフリカ全体に多大な影響を与えることから周辺諸国や欧米などでも注目され今後軍部の影響力をどこまで排除できるかが課題となっている。