| リベリア・シエラレオネ内戦 |
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リベリア内戦
リベリアとシエラレオネはアメリコ・ライベリアンと呼ばれる開放奴隷が作った国家である。1822年にアメリカ本土から黒人の子孫が居住し現地住民を取り込んで1833年にリベリア連邦となった。1847年にはアフリカ最初の共和国として独立。その後は少数の開放奴隷の子孫が多数の現地住民を支配する形で長く存続された。リベリアは多くの民族が居住しており帰還黒人の支配に不満も多かった。1971年に初代大統領のタブマンが死去するとその跡を継いだトルバート大統領が当時の警備隊長のドウに暗殺されその後ドウ大統領が誕生する。ドウ大統領はアメリコ・ライベリアン優遇政策を継続しつつ出身民族のクラン族やマンディング族を優遇する縁故政治を行い政府は腐敗していく。これに対して1985年にはクーデターが発生。クーデター自体は未遂に終わったものの事件に関わったギオ族、マノ族を大量虐殺した。その後も両民族への激しい弾圧を行う。その結果反政府組織が蜂起し内戦が勃発。1980年代には各民族が政権争いを行い9回以上のクーデターが発生する。
1989年にはリベリア国民愛国戦線(NPLF)が結成され内戦が本格化。1990年代にドウ大統領が暗殺されるとリベリア民主統一解放運動(ULIMO)が対立。1995年8月には西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)が和平協定の仲介を行い暫定国家評議会が発足した。しかしこの協定から除外されたULIMOの一派であるジョンソン派が不満を募らせ1996年に首都モンロビアでNPLFと衝突し再び戦闘が発生した。同年8月にようやく武装解除と停戦が合意に達すると1997年に国連選挙監視団の元で大統領・国会議員選挙が実施され内戦は終了した。7年間の内戦で15万人が死亡。人口の80%の200万人が難民流出した。今後はこれら難民の帰還プロジェクトの推進が課題となる。選出されたテーラー政権では依然ジョンソン派との緊張状態が続いており国家再建はまだ遠い。 |
リベリアの民族
| ヴァイ族 |
ペレ族 |
| ゴラ族 |
マンディゴ族 |
| メンデ族 |
クラン族 |
| キシ族 |
クルー族 |
| ロマ族 |
グレボ族 |
| バンディ族 |
ギオ族 |
| マノ族 |
デイ族 |
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シエラレオネ内戦
アメリカの開放奴隷の国リベリアに対してイギリスが作った開放奴隷の国。1991年反政府勢力の革命統一戦線(RUF)が首都フリータウンを占領。カバー大統領は国外に退避し1999年5月に停戦合意するまで内戦が続いた。
シエラレオネの反政府組織はリベリア同様現地住民で構成されリベリアの反政府組織と繋がりが深く1991年にはNPLFの支援を受けた黒人イスラム勢力のRUFが侵攻し内戦となった。シエラレオネは豊富なダイヤモンド鉱山を背景にした利権争いも民族闘争の背景にある。アフリカ統一機構(OAU)や西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)などがカバー政権を支持し援助を行っている。 |
リベリア
人口304万人。首都モンロビア。5%のアメリコ・ライベリアンが居住し支配階級にある。公用語は英語。国名は英語の自由「リバティ」に由来。ダイヤモンド、天然ゴム、コーヒーなどが主要産業。
少年兵問題
アフリカを中心に問題になっている事案で18歳以下の少年が徴兵され戦場で死んでいく問題。世界中で30万人いるとされ国連では少年兵徴兵防止策を練っている。また戦地の同年代の少女が人身売買で売春などを強要されるなどしており国連児童基金ユニセフでは世界中の迫害を受ける子供の救済に尽力している。これらの問題の多くはアフリカで発生している。 |