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西サハラ紛争
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北アフリカの西海岸沿いに位置する西サハラは1934年以来スペイン領としてスペイン総督の支配下に置かれてきた。モーリタニアとモロッコに挟まれる形で存在。主にアラブ人とベルベル人が住んでいる。1970年にスペインが西サハラ領有権を放棄すると隣国のモーリタニア、モロッコが長い海岸線を狙い秘密協定を締結。スペイン政府の了解を得て西サハラを南北で分割統治する事となった。これに対して1973年西サハラ地方の独立を画策する現地住民がエル・ワリ書記長の下西サハラ民族解放戦線(ポリサリオ戦線)を結成。ポリサリオはサハラ・アラブ民主共和国(SADR)を樹立宣言しポリサリオは隣国アルジェリアやリビアの支援を受け1976年から武装闘争を開始した。1979年には西サハラ南部を領有するモーリタニアが停戦協定を締結し西サハラ領有権を放棄。対するモロッコ政府はこの機会に西サハラ地域全体をモロッコに併合する計画を立てた。西サハラには豊富な海洋資源と鉱物資源が眠っておりこれらがモロッコの領土拡大にさらなる拍車をかけていた。西サハラ問題はこの後アフリカ統一機構(OAU)が独立問題を決める住民投票実施を提案。モロッコはこの提案を受け入れたものの1984年のOAU会議に西サハラのサハラ・アラブ民主共和国代表団が参加したことでOAUを脱退。紛争は継続された。
1988年にアルジェリアとモロッコが国交を回復するとモロッコは遂に停戦を決意し国連の住民投票案を受諾。1992年には住民投票を行うための人口統計調査が実施されたが幾度も延期や中止に追い込まれ1997年9月には住民投票実施規則にモロッコ、サハラが同意し和平に向けた動きが再開された。現在西サハラは実質的にモロッコ政府の監視下に置かれモロッコへの併合可決を目論むモロッコ政府がインフラ整備を推進しそれに反対する暴動なども発生している。 |
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