DELTA FORCE/SFOD-D
1st SPECIAL FORCE OPERATIONAL DETACHMENT
"DELTA" |
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■HISTORY
アメリカ陸軍カウンターテロフォースの最精鋭部隊デルタフォースはチャーリーAヴェックウィズ大佐指揮の元、1977年フォートブラックに第1特別作戦部隊分遣隊(1st
Special Operational Detachment)として設立。その後極秘に組織編成を続ける。デルタフォースはベトナム戦争当時特殊部隊隊員として戦闘を続けていたチャーリーAベックウィズが創設した。ベックウィズは米国兵として初めてSAS選抜試験を受け合格した経歴を持っていた。SASでの生活はこの後の彼の大きな転機となった。SASではアメリカと違い将校と下士官を分け隔てる事はせず、食堂や部屋で自由に論議が交わされた。練度は高いがなにより作戦に対する柔軟性が彼の心を虜にしていた。ベックウィズが求める特殊部隊はまさにSASであったのだ。彼は帰国後即座に独自の特殊部隊の構想を打ち上げるがその愚かにも見える内容には上層部は関心を寄せなかった。失意のままベトナム戦争での戦いに明け暮れる日々が続いたが、彼は常に敵のゲリラ勢力に対し柔軟に対応する戦闘部隊の創設を模索していた。ベトナムでLRRPやレンジャー部隊が確立され少数の精兵部隊による偵察情報活動が行われだしたころ彼はプロジェクトデルタの指揮を引き継ぐ事になる。しかし彼が見たのは部隊の腐敗とプロ意識の低下だった。そこで彼はこの機会を独自の特殊部隊を創設するチャンスと考え、当時在籍した40人のほぼ全てをお払い箱にし新しい隊員を募集した。「求む。プロジェクトデルタの志願兵。勲章、死体袋、もしくはその双方を保証」というビラを配った。驚くべき事にグリーンベレーをはじめレンジャー部隊など多くのエリート部隊から志願兵が殺到した。彼はSASで学んだ選抜コースをベトナム沖の無人島で実施してふるいにかけた。プロジェクトデルタは結果的に成功を収めるが、戦争が終結すると解体されベックウィズの職場は戦場からペンタゴンに移された。
デスクワークに追われるベックウィズに2度目の転機が訪れたのは1977年に発生したルフトハンザ航空機のハイジャック事件であった。ウルリッヒヴェグナーと2名のSAS隊員に率いられたGSG-9はMP5とフラッシュバンを使った突入戦を展開し見事に成功させたのだ。フラッシュバンを見たこともなかったアメリカ軍上層部はこの作戦に大いに関心を持ち自国のテロ対策の甘さを認識した。カーター新政権下では軍縮と特殊部隊の解体が進んでいたためホワイトハウスでは対テロ部隊の創設を疑問視する声が多かった。そもそもアメリカにテロを行う者はいないという甘い認識があったのだ。しかし国家安全保障問題担当首席補佐官であるズビグニュー・ブレジンスキーは海外のテロ行為から邦人を守る対応能力を持った部隊の必要性を主張。1977年11月ついにベックウィズは彼の新しい特殊部隊第1特殊作戦分遣隊を設立した。この特殊部隊は彼が手がけた最初の部隊の名前をとり「デルタ」と命名された。フォートブラックに設けられたデルタの司令部はこの後アメリカ特殊部隊のメッカとなり様々な特殊部隊が籍を置くようになる。第二次世界大戦中マローダーズを指揮したサム・ウィルソン将軍もベックウィズを支持したため予算の獲得もスムーズに進んだ。訓練内容はSASのものをほぼコピーしておりフラッシュバンやMP5マシンガンなども使われた。またキルハウスもSASのものを模して作られた。この後最終可動宣言をし演習を見せる日が来た。ハイジャックを想定した訓練を観戦したのはサム・ウィルソン将軍、SAS及び英国特殊部隊指揮官ピーター・デ・ラ・ビリエール、GSG-9のヴェグナー将軍、GIGNのクリスチャン・プルートーだった。
秘密裏に進んだデルタの創設だが1980年のアメリカ大使館人質救出作戦に出動しその存在が明らかになる。しかしその作戦は失敗に終わったためその後海軍などに同一組織のSEALチーム6などを創設されてしまう。その後ソビエト連邦が解体され冷戦が終結し1987年にはU.S.SOCOMの管理下に置かれる。対テロを主眼に設立されたため、ハイジャック、立てこもり、偵察、犯人逮捕などあらゆる事態を想定した訓練を行っており、志願者は主にグリーンベレー、空挺団、レンジャーからなり心身共に厳しい訓練を受ける。その性質上SASを参考にした点が多く、部隊の最小単位は4人で構成され、卓越したCQB(屋内戦闘)能力を持ち、場合によっては民間人として現地に潜入する事もある。冷戦崩壊後、頻発するテロや紛争などの社会的脅威に対し、立ち向かうことを目的とした専門部隊であるが秘密裏に行われる部隊の特質上合衆国政府はデルタの存在を公式上認めていない。 |
■UNIT
デルタには創設初期にアルファ、ブラボー、チャーリーの3つの分遣隊が設置されていた。現在では3個の実働中隊で編成されており、この他に本部と支援中隊、通信中隊、秘匿部隊が存在する。実働中隊には最低2つのチームを保有し各隊は4人編成の分隊を4個保有する(16名)。志願者はアメリカ陸軍の中から志願した後選抜されるが主にレンジャーやグリーンベレー、山岳師団や空挺部隊などエリート部隊の出身者が目立つ。選抜試験は主にSASを模した物であり指定された行軍を行うストレスフェイズ、精神鑑定などが存在する。またイラン大使館人質救出作戦の失敗を受け海軍に創設されたSEAL
TEAM 6(現Development Group)を伴って作戦を行う事もある。 |
■EQUIPMENT
デルタはあらゆる歩兵用装備を使用するが対テロ作戦に於いてはMP5や狙撃銃の様な一般的な特殊部隊と同様の装備を使用する。しかし状況によっては彼らの求める最高の装備が使用困難な場合もあり、それに対応すべく多くの火器の取り扱いを学ぶ。また国外の対テロを主とする性質上それらの国家がデルタの支援を要請する前に事前配置につく場合もある。これらには軍事作戦で行動を共にする160SOARでは無く民間用塗装をされた航空部隊を使用する事もある。 |