ABOUT SPECIAL FORCES
■第二次世界大戦からの特殊部隊
特殊部隊の始まりや枠組みを定義するのは難しいが、近代戦に於いての登場は第二次世界大戦のイギリス軍の精鋭コマンド部隊からであろう。また、同時期にアメリカでもアジア地域を活動拠点にしたレンジャー部隊が創設され、ヨーロッパ戦線などで後方攪乱などを行い活躍した。これは、戦後すぐに解体されたため、現行のレンジャー部隊とは異なる。後に英国はコマンド部隊をSAS(スペシャルエアサービス)として改編し、その後世界最高峰の特殊部隊を形成する。一方戦後の米軍では、朝鮮戦争における敗退からゲリラ戦の恐ろしさを学び取り、ヨーロッパ戦線のような平地での戦闘が、局地戦では意味を成さないことを知らされた。アメリカはその後、益々強まる共産主義化への抵抗をする政策として、各国にSFG特殊部隊員を軍事顧問として派遣。共産主義国へのゲリラ活動を支援した。彼らは軍事顧問として現地人に戦闘を教えると同時に彼らと共に前戦へ出て共産勢力に対し破壊活動を行った。当初は第10特殊作戦群をフォーとブラックに置いたが、その後西ドイツなどにも第77特殊作戦群を派遣した。この第77特殊作戦群は後に南ヴェトナム軍事顧問として活動する。特殊部隊は独自の戦闘訓練を受け、専門の知識とジャングルでの生活を学ぶ。 また空挺降下も必須能力とされ、万能の戦闘兵器として作り上げられる。使用される武器や装備も一般部隊のそれとは桁違いで、その待遇も良く多くの試作兵器や装備は彼らによってプルーフされた。 ヴェトナム戦争では多くの特殊部隊がその姿を現す。陸軍は、第77、第5特殊作戦群、通称グリーンベレーや機動攻撃部隊マイクフォース、偵察部隊から発展したLRRPなどがそれぞれの特殊任務に就いた。また海兵隊ではエリート偵察強襲部隊フォースリーコン、海軍は第二次世界大戦のUDT(水中破壊工作部隊)を発展させた精鋭SEALSを派遣しメコンデルタでの作戦を担当、各々が独自の任務を遂行した。中でもCIAが計画をしたCIDG(民間不正規戦グループ)は、ヴェトナム高原人のモンタニヤードを中心に組織し、2〜3名のグリーンベレー隊員が指揮をし破壊活動を行うゲリラ戦をヴェトナム戦争全期に渡り展開する。(モンタニヤードは、1992年までヴェトナム共産政権と戦闘を継続する。) 1962年MACV設立により、これら特殊部隊の規模はより一層拡大していくことになる。 ヴェトナム戦争がサイゴンの陥落で幕を閉じた後もCIDGを中心とする不正規部隊とグリーンベレー隊員は、密かにヴェトナム国境付近に残り不正規戦闘を継続した。彼らの行動範囲は、タイ、ラオス、カンボジアはおろか中国にまで及んだ。
ベトナム戦争後、米国の軍事対象はソビエト、中国などに目を向けることになるが、冷戦下に入り核ミサイルなどの大量配備が進むと歩兵である特殊部隊はその必要性を軽視され一時その役目を終え大幅に縮小される。80年代を迎えるとレーガン政権の誕生により「強いアメリカ」をスローガンに特殊部隊が復活することになる。それからの特殊部隊は、独立した特殊作戦の遂行を目指したグリーンベレー、CIDGのような軍事顧問ではなく、前戦の偵察、要人の逮捕等に活躍の場を移していく。1983年のグレナダ侵攻ではレンジャー部隊やSEALSが投入されその後のパナマ侵攻でも特殊部隊が重要な役割を演じる。


■冷戦の終結と紛争の激化
90年代にはソビエト連邦が解体され冷戦が終わったが、これは平和への移行ではなかった。冷戦下に押さえつけられていた人種、思想、宗教問題が各国で噴出し、あらゆる地域で低烈度紛争が発生した。また旧ソビエト連邦からの核流出なども問題視され、アメリカ軍はそれらを察知、処理するための高度な少数部隊の構築を余儀なくされていった。この冷戦集結を契機に特殊部隊は再びその役割を変える。アメリカ軍特殊部隊は対テロ、低烈度紛争の尖兵として一層の複雑化が課題になった。ハイジャックやバスジャック、邦人誘拐などの大抵のテロ行為には、人質が付き物であり、目標地域全てが破壊対象の戦場とは勝手が違う。それにより使用する兵器、装備なども変化を余儀なくされた。攻撃目標の付近に民間人が多い場合も多く従来のような大型兵器の大量投入も不可能になり10人またはそれ以下の少数部隊での突入作戦が有効でありサイレンサーや照準装置にも改良が進んだ。アメリカ陸軍のデルタフォース、海軍のSEALチーム6(Dev.Gru)などはこれらの危機に対処すべく高度に訓練された部隊であり、イラン大使館占拠事件やパナマのノリエガ邸襲撃などでも投入された。
また紛争地域でも特殊部隊はその能力を発揮している。ソマリアでは食料を運ぶ国連援助物資輸送隊を警護し、ゲリラ勢力を発見、攻撃した。またアデイド将軍逮捕を目的にデルタフォース、レンジャー部隊等がモガディシュのアデイド邸を強襲したのは記憶に新しい。
湾岸危機が勃発すると多くのの特殊部隊が投入され各地で陽動作戦を行い、情報収集に努めた。湾岸戦争は特殊部隊にとってベトナム戦争以来の大規模な戦場となったが、近代化された数々の装備を持ち敵前戦の後方の攪乱、サウジアラビア、イスラエルが恐れたスカッドミサイルの破壊など目覚ましい活躍をした。 80年代後期に入り特殊部隊はその装備の劇的な進化と共に、大幅な組織改革の必要に迫られていた。既に軍縮の波が西側各国に訪れ特殊部隊にもそれが例外なく訪れていた。加えてアメリカ軍は4軍全てに特殊部隊が保有されており指揮系統も個別に持っていた。そのために各特殊部隊に適応した任務を選び効率よく運用することができなかった。こうした背景の中、1987年4月にアメリカ軍は特殊部隊の統合軍としてフロリダ州マクディル空軍基地内にU.S.SOCOM(UNITED STATES SPECIAL OPERATION COMMAND)を誕生させる。SOCOMは各特殊部隊に装備を供給し指揮系統を握る事になり、来るべくテロや紛争に対し各精鋭部隊を管理運営していく。軍縮は特殊部隊により一層の負担を強いる事になるが最新の装備を整え、日夜未知の戦場に備えている。