U.S.S.R.
RPK
Ruchnoi Pluement Kalashnikova
カラシニコフの分隊支援火器モデルであるRPK(ルチノイ・プレメット・カラシニコバ)は1961年にそれまでの支援モデルRPD(ルチノイ・プレメット・ディグチャロバ/デクチャレフ軽機関銃)の後継モデルとしてソ連軍に採用された。第二次世界大戦後、西側の小火器編成の多くは分隊支援火器を廃し、より汎用性の高いGPMG(汎用機関銃)を分隊支援火器と兼務させる形で支援火器とした。アメリカ軍ではM1ガーランドに対してBAR、ブローニングM1919機関銃という構成からM14に対してM60を充当し、その他の西側諸国ではFALとFN MAGという組合せを選択していく事になる。
一方ソ連軍では分隊支援火器を継続して使用、開発した。当初使用されていたRPDはベルトリンク式の給弾方式を採用した為、弾薬の互換性はあってもカラシニコフライフルとの弾薬共用はできなかった。
そこで後継モデルとなったRPKはAKMを基本に開発を行い、AKMと同一のシステムを持ち、弾倉の共用を可能とした。RPKは分隊支援火器であるためにAKMに比較して銃身の延長、強化、大容量弾倉の追加、ストック、ハンドガードのデザイン変更、射撃を安定させる為のバイポッドが追加された。RPKの重量は僅か5kgで、現在の水準と比較しても分隊支援火器としては圧倒的に軽量になっている。
欠点としては銃身交換ができない点が挙げられる。ソ連軍ではAK47及び、AKMを歩兵装備の中心とし、分隊支援火器にRPK、汎用機関銃にPK/PKM機関銃、そして分隊狙撃銃SVDとRPG-7ロケットランチャーなどで火力を構成している。
優れた運用思想を持つRPKはソビエトでの量産が開始されるとワルシャワ条約機構の加盟国やソ連系火器を採用する国家でもライセンス生産が始まった。AKと同様現在では東側をはじめ第三世界を代表する火器となっている。マガジンはAK/AKMと共用であるが他にRPK標準装備の40連マガジンと75連ドラムマガジンが存在する。バリエーションモデルとして空挺部隊向けにストックを折り畳み可能にしたRPKS(ルチノイ・プレメット・カラシニコバ・スクラドニム)が存在する。
AKMからRPKへの主な変更点は以下の通り

○バレルの延長と耐久性の強化
○スチールプレス製のバイポッドを銃身下部に装備
○ハンドガードのデザインを変更と大型化
○レシーバーの耐久性向上とバレル基部デザイン変更
○ストックのデザイン変更と大型化
○リアサイト表示を100〜1000メートル単位に変更(戦闘距離の廃止)
○リアサイトにウィンテージ調整用ドラムを追加
○クリーニングロッドの延長
フロントサイトはAK47タイプの大型のものが使用されている。またAKMで採用されたマズルサプレッサーは装備されず、AK47と同型のマズルプロテクターが装備されている。
ハンドガードは大型化されより確実にグリップできる様になった。AKMで採用されたリブデザインは採用されていない。ハンドガード後方にはAKMでは廃止されたハンドガード後方の金属キャップが装備されている。
リアサイトは新たにウィンテージ調整が可能になっている。
デッキカバーはリブのないタイプが採用されレシーバー前方の銃身を固定する部位には補強の為リブが設けられている。
グリップはAK47と同型でウッドグリップと金属リングを組み合わせた物が使用されている。AKMが樹脂製グリップであるのに対して旧来のグリップを使用している。ストックはバイポッドを使用して射撃する為に大型化されている。プローン射撃で固定が容易なデザインでスイベルは側面に設置されている。
RPKは通常のAK用マガジンの他に専用のドラムマガジンやロングマガジンが製作され使用された。これらは通常40〜75発の装弾数を持ち、支援火器としての十分な持続発射を可能にしている。写真は中国製の86式などで使用されているドラムマガジンで75発の7.62x39mm弾を装填可能になっている。
[GUN'S DATA]
■MODEL RPK
■MANUFACTURER U.S.S.R. NATIONAL FACTORY
■OVER ALL LENGTH 1041mm
■BARREL LENGTH 590mm
■RIFLING 4 GROOVES RH
■WEIGHT 5000g
■CARTRIDGE 7.62x39mm
■FIRING SYSTEM GAS PISTON
■FIRING MODE SEMI/FULL
■MUZZLE VELOCITY 734m/s
■CYCLIC RATE 600rds/min
■MAGAZINE CAPACITY 30 ROUND BOX
45 ROUND BOX
75 ROUND BOX